【人妻体験談】人妻の本性が見えるエロ体験談まとめ

【人妻体験談】人妻の本性が見えるエロ体験談をまとめました!夫がいるのに淫らにヨガり狂う、自分の意思とは関係なしに本能でエッチを求める『女』として正直に生きる姿をご覧ください。

数年前、妻が35歳の時の話です。

子供に手がかからなくなった頃、私は妻にHな事をさせて夫婦で楽しんでいました。

デジカメで妻のヌードを撮影したり、野外で露出・撮影などして妻の写真はアルバム数冊になっていました。

アルバムの写真が増えてくると、誰かに見せたい気持ちになってくるのですが見せる勇気はなかったので、妻と相談して投稿雑誌に投稿してみたのです。

雑誌に掲載された場合は目線が入って誰にも気付かれる心配はないと思ったからでした。

私の撮った妻の写真は採用され掲載されました。

コメントでは妻の美しさや綺麗な身体・妖艶な雰囲気が絶賛され、私達夫婦は二人して喜んだものでした。

投稿するたび掲載され常連になった頃、読者投票で妻が第1位に輝いたのです。

投稿すると謝礼が貰えるので、応募用紙に住所と携帯番号を記入していた私に出版社から電話があり、

『妻をプロのカメラマンが撮影して特集を組みたい』と言ってきたのです。

私は『妻に相談してからでないと即答はできない』と電話をきりました。

帰って、妻に話したところ妻も乗り気ではありませんでしたが会って話しだけでも聞いてみる事になりました。

数日後、担当者と私たち夫婦の3人で会ったのです。

担当者は事細かく説明してくれましたが私たち夫婦は不安でした。

他の男性の前で裸になるのに妻は抵抗があるようです。

担当者は目線をいれる事と、出演料を吊り上げて交渉してきました。

妻は担当者の熱心さに負け撮影される事になったのです。

撮影は平日の昼間に5時間ほどおこなわれました。

撮影当日、帰宅すると妻は以外に明るく撮影の様子を話してくれました。

「最初は緊張したけど、女性のスタッフもいて安心したの・・・

衣装を脱ぐのは恥ずかしかったけど、全裸になったら吹っ切れたわ。あとで、見せてもらったら綺麗に撮れてた・・・」

など、話したくてしかたないようでした。

3週間後、妻の特集を組んだ投稿雑誌が家に送られてきました。

子供が寝たあと、私達は二人で雑誌を見ました。

用意された衣装を身につけた妻のカットで始まり、ポーズを変えたカットが続きます。

少しずつ脱いで下着姿になっていきます。

下着をずらしていき、とうとう全裸になってポーズをとっていました。

全体的に見ても綺麗に撮ってくれて、目線も入っていて満足できる内容でした。

妻も『私じゃないみたい・・・』と、嬉しそうでした。

1ヶ月が過ぎた頃、携帯に出版社から電話がありました。

前の担当者の後任を名乗る男からでした。

『妻の特集を組んだ雑誌が好評なのでもう一度、撮影したい。

今回は、奥さんだけの写真集のような形で発売したいので2泊3日でロケに行く予定です。

謝礼も5倍ださせて頂きますので・・・奥様とよく相談されていい返事を頂きたい。』と、いう内容でした。

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嫁のミクとは結婚して10年経つ。

私は弁護士事務所を経営していて、私自身も弁護士だ。

今年40歳になったが、この歳にしてはうまく行っている方だと思う。

嫁のミクは今年30歳で、当時まだ女子大生の彼女と強引に結婚した。

その頃のミクは真面目そうで、清楚な雰囲気の女の子で、実際に中身も真面目だった。

ストーカーがらみの被害を受けていた彼女が、当時私が勤めていた弁護士事務所に相談に来たことがきっかけで、交際が始まった。

一見地味な見た目の彼女だが、一皮剥けば豊満なバストのエロい体で、セックスも恥ずかしがりながらも積極的という、典型的なむっつりスケベ型の女の子だった。

そして、交際からすぐに結婚になり、彼女は女子大生奥様になった。

大学生活を続けながらの新婚生活で、ゼミや新歓コンパ等々、心配がつきなかった。

だけど、真面目な彼女は浮気どころか、ゼミの飲み会にも不参加だった。

それでも、新婚の妻が、若い男達がたくさんいる大学に2年も通うというのは、私の性癖を歪めるのに十分な歳月だった。

そして、私が独立して事務所を構え、時間が自由に出来るようになったことで、私の歪んだ性癖を満たすために、アブノーマルなプレイに走り始めた。

最初の頃は、下火になったとは言えまだまだ残っていたテレクラに電話をさせて、他の男と話をさせながらセックスをしたりした。

ミクは、最初の頃の抵抗はそれなりに大きかったが、1度実際にそのプレイを経験して、ミクは異常に高まり、ハマっていった、,,

それと同時に、ミクは露出プレイにもハマっていった。

股下が、限りなくゼロに近いようなマイクロミニスカートをはかせてデートしたり、ノーブラで、乳首を浮かせた状態で買い物をさせたり、

ドライブスルーで買い物する時に、助手席で下着姿にしてみたり、かなりはまり込んでいた。

そうやって露出プレイをしたあとのミクは、下着がシミになるどころの騒ぎでは無いくらい濡れて、発情してしまう。

この時も、高速に乗るときに助手席で全裸にさせてみた。

胸とアソコを腕で隠しながら、ETCではなく、有人のブースで高速代を支払い、首都高速に乗った。

料金所のおじさんは、機械的に作業をこなしながらも、助手席をガン見していて、私がわざと渡した一万円札のおつりを、妙に丁寧に数えて確認した。

その間中、ミクはうつむいて腕で胸とアソコを隠していたが、腕をデカい胸に押し当てると、はみ乳になって余計にエロく見えた。

そしてブースから離れると、すぐに嫁のアソコに手を突っ込んだ。

『ンあっ!ダメえぇ!!』

と、甘い声で鳴く嫁のアソコは、ぐちゃっと手が濡れるくらいの状態だった。

「どうした?おっさんに見られて、興奮してる?あのおっさん、わざとゆっくり数えてたねw」

『んあっ、、ダメぇ、、ねぇ、、指入れてぇ、、』

「ダメだって、運転中だからw」

『じゃあ、自分でする、、、』

そう言って、助手席でオナニーを始める嫁。

高速道路とは言え、他の車もいる。

しかも私の車はサンルーフの付いた車高が低めのBMWだ。

私は、トラックを右車線で抜きながら、少しアクセルを抜いて併走する。

怪訝に思ったのか、トラックのドライバーがこっちを見る。

『ほら、ミク、左見てごらんw』

そう言って促すと、ミクが左を見る。

トラックの運転手が見ているのに気がつく。

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私には妻を淫乱な女にする歪んだ願望がありました。

私の前で男と交わり歓喜の声をあげ続ける淫乱な女・・・だが、現実は願望だけで20年が過ぎていきました。

娘が全寮制の学校に進学し妻と二人暮しに戻った今、夢を叶える時がきたのです。

まず、私がなぜこのような願望を持つようになったのかを理解して頂きたいのです。

私が中学生になった頃でした。

セックスに興味津々で父親のエロ本を盗み見てはオナニーに耽っていました。

ある夜、深夜に目覚めトイレに行った時の話です。

部屋を出た時、静かな家の中に微かに声が聞こえました。

私は惹きつけられるように声がする両親の寝室の前にたちました。

中からは父親の声と母親の泣くような声が聞こえます。

「どうだ・・・佳代・・・いいか?」

「・・・いいわ・・・あなた・・・もっと・・・もっと・・・して・・・」

「佳代は厭らしい女になったもんだ。」

「・・・あなたがこんな女にしたのよ・・・あぁぁぁ~いいっ・・・激しくして・・・」

両親のセックスだと気付いた私は怖くなって自分の部屋に逃げ帰りました。

部屋に戻って落ち着いてくると興奮が私を包みます。

普段、無口な父といつも優しくて美人の母のセックス中の会話を思い出しては自分で慰めました。

何度も・・・何度目かの射精のあと両親のセックスを自分の目で見たくなってきたのです。

いろいろと考えたあげく思いつきました。

次の日、授業が終ると母親が買い物に出かける時刻を見計らって飛んで帰りました。

私の部屋と両親の寝室の間には6畳の和室と押入がありました。

6畳の和室は今は物入れ代わりに使っていて和室の押入の向こうが両親の寝室という間取りでした。

この押入が変わっていて上下に別れていて上段が両親の寝室側から出し入れできる押入で、下段が和室側から出し入れする押入になっているのです。

私は母親が買い物から帰って来ないのを確認して押入れの襖を開けました。

押入の中は以外にもスペースがあり入れそうです。

押入に入ってみると古い家なので隙間が何箇所かあり、隣の両親の寝室から光が漏れてきます。

その内の一番大きい隙間を覗くと寝室がほとんど覗けるのです。

私は深夜になるのを待ちました。

両親が寝室に入る気配を感じると行動に移ります。

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